東京高等裁判所 平成7年(行コ)13号 判決 1995年10月19日
控訴人(原告) 宗教法人寳松院
被控訴人(被告) 芝税務署長
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して平成二年一二月二七日付でした次の各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)を取り消す。
(一) 控訴人の昭和六二年四月一日から昭和六三年三月三一日までの事業年度(以下「昭和六三年三月期」という。)に係る法人税の更正のうち、所得金額三億〇〇五八万一九一五円及び納付すべき法人税額八一一五万六八〇〇円を超える部分
(二) 控訴人の昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日までの事業年度(以下「平成元年三月期」という。)に係る法人税の更正のうち、所得金額一億二一九〇万二六〇〇円及び納付すべき法人税額三二九一万三五〇〇円を超える部分
(三) 控訴人の平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの事業年度(以下「平成二年三月期」という。)(なお、右各事業年度をまとめて「本件各事業年度」という。)に係る法人税の更正のうち、所得金額二億一三八四万三〇四五円及び納付すべき法人税額五七七三万七六〇〇円を超える部分
3 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 当事者双方の主張は、次の二を付加するほかは、原判決「第二 事案の概要」(原判決二枚目裏二行目から一三枚目裏四行目まで)と同一であるから、これを引用する。
二 当審における控訴人の主張
1 「非課税となる住宅用地の低廉貸付け」の要件(法人税基本通達一五―一―二〇、法人税法施行規則四条の二、法人税基本通達一五―一―二一)が満たされていれば、住宅用地の低廉貸付けとして、当該土地の賃貸借契約により取得した貸付けの対価である地代は、宗教法人にとって非課税となり、換言すれば「非収益」事業とされる。他方、土地又は建物の貸付けにより、収受する権利金その他の一時金の額の取扱いについては、(一)当該土地の貸付けにより、法人税法施行令第一三八条の「借地権の設定等により地価が著しく低下する場合の土地等の帳簿価額の一部の損金算入」の規定に該当することとなった場合におけるその貸付けにより収受する権利金その他の一時金の額は、収益事業に属し、かつ、短期(一〇年未満)所有の土地若しくは棚卸資産の土地である場合を除き、法人税基本通達一五―二―一〇により収益事業に係る損益に含めないことができて非課税となり、(二)土地又は建物の貸付けに際して収受する権利金その他の一時金で(一)に該当しないものの額及び土地もしくは建物の貸付けに係る契約の更新又は更改により収受するいわゆる更新料等の額は、不動産貸付けに係る収益の額とし、不動産貸付業に該当することとなる(法基通一五―二―一一)。以上によれば、通常、地代又は家賃は課税対象となり、また、更新料や建物権利金は課税対象となり、更地時価の二分の一以上の借地権利金は非課税となることが認められる反面、不動産貸付業が低廉貸付けにより非収益の不動産貸付に該当する場合には、その地代、さらには、その貸付けに係る更新料等は非課税となることが認められる。
したがって、当該土地賃貸借契約において、低廉貸付けであることが認められれば、これによって得た地代はもとより、更新料等の一時金についても、非収益事業によるものとして非課税扱いを受けるべきものであり、更新料等の一時金には、借地権の譲渡に対する名義書替料(譲渡承諾料)(以下「譲渡承諾料」という。)も含まれる。
2 一般的に、借地権譲渡に際して、譲渡人と譲受人間で決定される借地権譲渡代金中に、譲渡承諾料が含まれ、旧借地人がこれを負担し、かつ、地主の承諾手続を取ることとなり、賃貸人側も、当該借地譲渡代金を基準として譲渡承諾料の額の決定して要求する。すなわち、旧借地人の自己の投下資本回収に際しての賃貸人への反対給付の位置づけがなされるのであり、それ故、旧借地人が右譲渡承諾料の地主への支払いが税法上も旧借地人の必要経費として控除されることになる。
なお、借地権譲渡につき、賃貸人が異議を留め、介入権を行使して賃貸人において(旧)借地人から借地権を買戻す場合においては、譲渡代金のうちから譲渡承諾料相当額を初めから控除した金員を賃貸人が負担すれば足り、このことは正に「新借地人の存在なき場合の承諾料の取扱い」ということであって、旧借地人が承諾料額を負担することが、旧借地人の投下資本回収に際しての反対給付として位置づけられるのでなければ説明がつかない。
このような解釈がなされれば、旧借地人への不動産貸付業が低廉貸付けで非収益と認められれば、これにかかる譲渡承諾料は非収益性が認められ、非課税となる。
3 課税するかしないかは、正に憲法上の租税法律主義に立脚しなければならず、予め、法規により明確に規定され、かつ、この規定内容もよく納税者側に理解しうるだけの解釈上の説明がなされていなければならないところ、これを解釈によって補うという方法で、課税することは、租税法律主義を逸脱するものである。
本件では、地主側が便宜上譲渡承諾料を、新借地人から借地条件変更承諾料と一緒に取得したことから、被控訴人は、新借地人と地主との土地賃貸借契約の内容が「低廉貸付け」に該当するか否かの判断を先行させて、譲渡承諾料の位置づけを行なったうえ、譲渡承諾料が旧借地人あるいは新借地人のいづれから支払われるかを問わず、「新借地人の借地権取得の対価」的性格を有すると判断しているが、これは、従前の民法上、借地法上の名義書替料(譲渡承諾科)の法的・経済的性格を十分考察せず、専ら、「新借地人の借地権取得の対価」的性格の面のみを強調した「片面的拡大解釈」に拠ったもので、到底、租税法律主義に従った判断とはいえない。
4(一) 借地権譲渡にあたり借地権譲渡承諾料の支払がなされるのは、旧借地人としては、本来、借地権価格を全面的に取得したいが、賃貸人の承諾がなければ法律的に賃貸人に対抗することができる借地権の譲渡は不可能であり、旧借地人は契約を解除されて全面的に借地権価格を喪失する危険がある関係から、賃貸人に対して譲渡承諾料を支払って承諾を受け、これにより契約を解除される危険性を排除して借地権を金銭に変えることを実現することにあるのであり、この点からすると、譲渡承諾料の法的経済的負担者は旧借地権者であることは明白であり、旧借地権者が譲渡承諾料の法的経済的負担者であることからすれば、譲渡承諾料は賃貸人の旧借地権者に対する貸付に基因すると言うべきである。
(二) さらに、譲渡承諾料の授受が事前になされる場合、低廉住宅用地貸付業を営む地主の立場からすれば、右承諾料は低廉住宅用地貸付業たる貸付に基因する収入として非課税とされるところ、これとの比較からしても譲渡承諾料は賃貸人の旧借地人に対する貸付に基因すると解するのが相当である。
第三証拠<省略>
理由
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求を棄却すべきものと判断するが、その理由は、次の二を付加するほかは、原判決「第三 争点に対する判断」(原判決一三枚目裏六行目から二〇枚目裏六行目まで)と同一であるから、これを引用する。
二 当審における控訴人の主張について
1 控訴人の主張1について
不動産貸付業から生じた所得については、主として住宅の用に供される土地の貸付けに基因し、かつ、大蔵省令で定める要件を満たすものだけが非課税とされる(法人税法施行令五条一項五号へ)のであり、ある時点における貸付けが非課税の要件を満たし、その貸付けから生ずる地代が非課税とされる場合であっても、地代以外に収入する権利金、更新料、更改料等についてもそのすべてが当然に非課税となるわけではないというべきであり、賃借人が、借地権の設定、更新、条件変更等のために権利金、更新料、更改料その他の一時金等を収受した場合においては、右収入は、借地権の設定、更新、条件変更等によって新たに設定された賃貸借関係に基因するものということができるから、新たに設定された賃貸借関係が低廉住宅用地貸付業に係る貸付けとしての要件を満たしているときには、非収益事業とされる低廉住宅用地貸付業に係る収入に該当することになる、というべきであるから、控訴人の右主張は採用することができない。
2 控訴人の主張2について
借地権の譲渡は、旧借地権者から新借地権者に対して借地権が承継的に移転するという法的効果をもたらすものであるが、実質的には、賃貸人と旧借地権者との間の賃貸借関係を終了させ、新借地権者に当該土地を将来に向かって利用させるものであるから、賃貸人と新借地権者との間に新たな賃貸借関係を設定することにほかならないものであり、賃貸人が借地権の譲渡を承諾した際に収受する譲渡承諾料は、賃貸人と新借地権者との間に新たな賃貸借関係を設定するための対価としての実質を有するものであり、権利金、更新料、更改料等と同様、賃貸人の新借地権者に対する新たな貸付けに基因するものというべきであるから、控訴人の右主張も採用することができない。
3 控訴人の主張3について
本件譲渡承諾料が、非収益事業としての低廉住宅用地貸付業から生じた所得に該当せず、収益事業としての不動産貸付業から生じた所得に該当し、課税の対象となるものであることは、前記説示のとおり、法人税法四条、五条、七条、二条一三号、施行令五条一項五号への解釈に基づくものであり、また、控訴人の主張は、結局、譲渡承諾料の負担者が旧借地権者であるとの解釈を前提とするものであるが、前記説示のとおり、譲渡承諾料が賃貸人と新借地権者との間に新たな賃貸借関係を設定するための対価としての実質を有するものであって、右のような解釈を採ることが租税法律主義に反するとはいえないから、控訴人の右主張も採用することができない。
4(一) 控訴人の主張4(一)について
譲渡承諾料は、実質的には、賃貸人と旧借地権者との賃貸借関係を終了させ、新借地権者に当該土地を将来に向かって利用させるための対価として支払われるものであり、賃貸人の旧借地権者に対する貸付けをそのまま継続する限りにおいては取得できず、新借地権者に貸付けを行うことを承諾するからこそ取得できるものであるから、譲渡承諾料が賃貸人の旧借地権者に対する貸付けに基因するものということはできない。したがって、控訴人の右主張も採用することができない。
(二) 譲渡承諾料が低廉住宅用地貸付業から生じた所得であるか否かは、当該譲渡承諾料を収受すべき時点において、新借地権者に対する貸付けの内容によって、判断されるべきであり、譲渡承諾料の授受が事前になされているからといって、当然に旧借地権者に対する低廉住宅用地貸付業に係る貸付けに基因する所得として非課税とされるわけではなく、譲渡承諾料が事前に収受されている場合であっても、譲渡承諾料を収受すべき時において、新借地権者の新貸付けの内容が決まっていないときは、右収入は、「主として住宅の用に供される土地の貸付け」から生ずる所得とはいえず、法人税法施行令五条一項五号へ所定の非課税要件を満たさないというべきであるから、控訴人の右主張も採用することができない。
三 以上のとおり、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきである。
よって、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田保幸 伊藤紘基 滝澤孝臣)